旧国鉄士幌線コンクリートアーチ橋梁群 (1)

2026年5月撮影、南東側、タウシュベツ川河床から。正面奥ウペペサンケ山。
タウシュベツ川橋梁探訪
タウシュベツ川橋梁は、北海道河東郡上士幌町の糠平(ぬかびら)湖にある、旧国鉄士幌線(しほろせん)のコンクリート製のアーチ橋です。
「廃線鉄」ということでもないのですが、廃墟好きに通じるところがあったのでしょう、手元に『廃線跡懐想 北海道編』(JTB 2002年発行)という冊子があり、その表紙がタウシュベツ川橋梁でした。いつ買ったのかよく覚えていないし、しばらく忘れていました。
2016年にインスタを始めてしばらく立ったころ、フォロワーさんのタウシュベツ川橋梁のpostを見て、突として行きたい見たい衝動に駆られてしまいました。

背景図はカシミール3Dで作成。
タウシュベツ川橋梁を含む士幌線コンクリートアーチ橋梁群は、けっこう以前から廃線鉄さん界隈では有名スポットだったようですが、広く知られるようになったのは、保存活動が活発化した平成10年(1998年)ころでしょうか。そのあたりのことは知りません。
ただ、このところタウシュベツ川橋梁の崩壊が進み、たびたびニュースなどで取り上げられていることから、注目度はかなり高くなっているようです。
タウシュベツ川橋梁はダム湖にあるため、水位の下がる春先から5月までが見学の適期となりますが、思い立ったのがコロナ禍の2020年で、結局最初に行ったのは翌2021年でした。この年は5月に計画したものの、コロナのまん延防止等重点措置がなかなか解除されず、行くことができたのが6月下旬になってからでした。この時は(写真5~7)のように、残念ながら半分以上水没していました。
リベンジは5年後の今年(2026年)5月になってしまいました。

タウシュベツ川橋梁北側、切土方式。2021年6月撮影。(B)はゲート内駐車場付近。(B)(A)(C)の順で北から。(C)の先にタウシュベツ川橋梁(糠平湖)。

(A) 2026年5月、(B)2021年6月、ほぼ同じ位置で撮影。森林帯を抜けた糠平湖畔付近から北方向。糠平湖満水時の流木。

2026年5月撮影。北東側、タウシュベツ川右岸から。(写真5)と比較すると、手前から4番橋脚上部が崩落している。

2021年6月撮影。北東側、タウシュベツ川右岸から。

2021年6月撮影。北西側、タウシュベツ川右岸から。

2021年6月撮影。橋梁東面。
タウシュベツ川橋梁案内
タウシュベツ川橋梁は糠平湖(糠平ダム湖)にあるため、季節によっては完全に水没してしまいます。例年の状況は、糠平湖の水位が下がる1月ごろに凍結した湖面上に姿を現し、5月ごろまで橋梁周辺の湖底を歩くことが可能です。6月ごろから水位が上がり、9~10月ごろには水没するようです。水位は雪解け水や雨など降水量によりますが、糠平ダムは発電専用ダムであるため、夏季などにも水位が低下する場合もあり、運が良ければ、湖面に映る「メガネ橋」を見ることができるようです。
タウシュベツ川橋梁へは、糠平三股林道を使用します。以前は無許可で入ることができたようですが、幅員が狭くダートであるため事故が多発し、平成21年度(2009年)から林道入口付近のゲートが施錠され、通行が規制されています。
林道を使用し、タウシュベツ川橋梁を見学するにはいつくかの方法があります。
最初に行った2021年6月は、当日に上士幌町の十勝西部森林管理署東大雪支署でゲートのカギを借りて当日中に返却する方式でした。カギが何本あったのか忘れましたが、予約不可の早い者勝ちでした。
翌年4月からは、カギの貸出が道の駅かみしほろ(上士幌町上士幌東3線227-1)に委託されることになり、1日15本(車両1台1本)の予約制となりました。実は、この2022年にリベンジするつもりだったのですが、カギの貸出方法の変更に気付いたときにはすでに予約はいっぱいでした。なお、この方式では当日中にカギ返却のために上士幌町にもどらなければならず、糠平からそのまま上川町方面に抜けてしまうことはできません。郵送も不可だそうです。
カギの予約サイトはこちら。1名2,000円の協力金が必要です。
【糠平三股林道入口付近】
帯広方面からだと国道273号線を北上し、糠平湖を過ぎて最初の音更川の橋を渡ってすぐを右折です。
糠平三股林道入口は、上のGoogle地図の通り。Google検索だと「幌加発電所」が目印になります。通過してしまうと右手に幌加除雪ステーションが現れます。ステーションまで来てしまったらUターンです。なお、幌加除雪ステーションはトイレを一般に開放しています。
もう一つ、NPO法人ひがし大雪自然ガイドセンターのガイドツアーに参加する方法があります。ヒグマのこともあり、2026年はこの方法でした。実際、当日早朝、撮影のために入山していた写真家の方から目撃情報の通知があったとのことでした。
ガイドツアーは午前・午後の回があり、他にも早朝・夕方などさまざまな企画があるようです。定員は不明ですが、私が参加したときはワンボックス2台で15名ほどだったと思います。
予約サイトはこちら。大人1名5,000円、現地滞在時間は約1時間だったと思います。
5,000円が高いか安かは人それぞれだと思いますが、私はガイドさんからさまざまな話が聞けるのでオススメだと思いました。
ガイドツアーについては、糠平温泉の糠平温泉文化ホール集合になります。
【糠平温泉文化ホール】
北海道河東郡上士幌町ぬかびら源泉郷44-3
ガイドセンターは、糠平温泉文化ホール内です。建物入り口は北側です。駐車場は建物東側にあります。
糠平三股林道ゲートは国道273号線入口からすぐです。ゲート近くにクルマを置いてタウシュベツ川橋梁まで歩くことも一応可能です。距離は約2kmですが、さすがに最近歩いて行く人はほとんどいないようです。
他に、クラブツーリズムや阪急交通社あたりも見学ツアーを企画しているようです。ただ、団体見学ツアーを受け入れている糠平温泉のホテルは一軒のみで、林道はタクシーを利用しているようなので、そこまで混雑するようなことはないと思います。ガイドセンターのツアーとは時間が被らないようにしているようでした。
正確な情報は、かならず各Webサイトでご確認ください。林道の開通・閉鎖時期にもご注意ください。
対岸にタウシュベツ川橋梁展望台があります。展望台といっても施設は何もありませんが見学に制限はありません。ここからの展望(2021年)はこちら。約800m離れています。
【タウシュベツ川橋梁展望台】
タウシュベツ川橋梁の対岸にあります。国道273号線路肩に駐車場があります。
タウシュベツ川橋梁は観光地といえば観光地ですが、うれしいことにインバウンドがほとんどいない穴場的な場所です。北海道はインバウンド天国(地獄)ですが、東大雪から帯広、釧路、根室あたりはまだまだ静かです。
旧国鉄士幌線概要
タウシュベツ川橋梁を含むコンクリートアーチ橋梁群は、北海道の旧国鉄士幌線跡にあります。
士幌線は、帯広市の帯広駅で根室本線から分岐し、十勝平野を北上して河東郡上士幌町の十勝三股駅を結んでいました。
大正11年(1922年)の改正鉄道敷設法では、十勝から東大雪を貫き、標高1450mの三国峠を越えて上川町に達する壮大な計画だったようです。
帯広-十勝三股間は、78.3km、全線単線、非電化、駅15、仮乗車場3でした

背景図はカシミール3Dで作成。
コンクリートアーチ橋梁群が残されている上士幌駅以北の渓谷地帯は、昭和9年(1934年)に着工しました。建設時の名称は「音更線」だったようです。
当時の日本は、前年に国際連盟を脱退し、昭和12年の日中戦争勃発前の時期で、鉄材が必要とされていました。通常の鉄道橋は、橋台の上に鋼鉄製の橋桁を架けた鉄橋でしたが、ここではコンクリートアーチ橋が試されました。
昭和28年(1953年)、糠平ダムの建設が開始され、タウシュベツ川橋梁周辺はダム湖に沈むこととなりました。これにともない、第三音更川橋梁を渡った先から線路が付け替えられることとなりました。
糠平駅も湖底となることから、新駅が現在の上士幌町鉄道資料館付近に建設されました。
糠平湖右岸に敷設された新線でもコンクリートアーチ橋が建設されていますが、昭和30年代は、工法として確立していたのでしょう。
昭和53年(1978年)、糠平-十勝三股間廃止され代行バス運行されることとなりました。全国の国鉄で、初めて代行バスに転換された路線です。
北海道は、炭鉱のイメージが強いですが、士幌線の最奧、十勝三股は木材の街でした。
昭和30年代の初めには約200戸が集落を形成していたようです。営林署が置かれ、周囲は広大な木材集積場だったとのこと。
しかし、昭和40年代から過疎化が始まり、昭和48年には国道273号線が開通、昭和51年には木材集積場が上士幌に移ってしまい、役割の大半を終えることとなってしまいました。
なお、現在、旧十勝三股駅近くには、ログハウスのレストラン、三股山荘がポツン一軒営業しています。
廃止後、糠平湖付近に残されていたアーチ橋梁群はしばらくそのまま放置されていましたが、平成9年(1997年)に、日本国有鉄道清算事業団により解体計画が立案されました。これに対して上士幌町民を中心として「ひがし大雪鉄道アーチ橋を保存する会」が結成され、この後、約1年にわたりアーチ橋梁群の保存活動が展開されました(ひがし大雪アーチ橋友の会Webサイト)。保存活動が実り、平成10年に上士幌町が34基のアーチ橋と線路跡を取得することになり、アーチ橋は解体の危機から免れることとなりました。
その後、橋梁7基とトンネル1本、プラットホーム1本が国の登録有形文化財に登録され、平成13年(2001年)には橋梁34基が北海道遺産に選定されました。第三音更川橋梁など。近年保存工事も行われているようです。
| 1922年 | 大正11年 | 10月 | 士幌線着工。 |
| 1925年 | 大正14年 | 12月10日 | 士幌線(帯広-士幌間)開通。 |
| 1926年 | 大正15年 | 7月 | 上士幌まで延伸。 |
| 1934年 | 昭和9年 | 上士幌以北、建設時「音更線」着工。 | |
| 1935年 | 昭和10年 | 11月 | 清水谷まで延伸。 |
| 1937年 | 昭和12年 | タウシュベツ川橋梁竣工。 | |
| 1937年 | 昭和12年 | 9月 | 糠平まで延伸。 |
| 1939年 | 昭和14年 | 11月 | 十勝三股まで延伸。 |
| 1953年 | 昭和28年 | 糠平ダム着工。 | |
| 1955年 | 昭和30年 | 8月 | 糠平ダム建設のため清水谷-幌加間ルート変更。タウシュベツ川橋梁を含む旧線廃止。 |
| 1956年 | 昭和31年 | 12月 | 黒石平設置。 |
| 1978年 | 昭和53年 | 12月 | 糠平-十勝三股間廃止、代行バス運行。 |
| 1987年 | 昭和62年 | 3月 | 士幌線全線廃止。 |
| 1997年 | 平成9年 | 国鉄清算事業団によるアーチ橋梁群解体計画。地元有志の保存活動。 | |
| 1998年 | 平成10年 | 上士幌町が国鉄清算事業団から34のアーチ橋梁と線路跡を取得。電源開発株式会社管理区内のタウシュベツ川橋梁は含まれず。 | |
| 1999年 | 平成11年 | 8月 | 第三音更川橋梁、第五音更川橋梁、十三の沢橋梁、勇川橋梁が登録有形文化財(建造物)に登録。 |
| 2001年 | 平成13年 | 10月 | 「旧国鉄士幌線コンクリートアーチ橋梁群}」北海道遺産に登録。 |
| 2003年 | 平成15年 | 1月 | 第六音更川橋梁、音更トンネルが登録有形文化財(建造物)に登録。 |
| 2003年 | 平成15年 | 9月 | 十勝沖地震、タウシュベツ川橋梁破損。 |
| 2017年 | 平成29年 | 6月 | 糠平川橋梁、三の沢橋梁、幌加駅プラットホームが登録有形文化財(建造物)に登録。 |
朽ちていくタウシュベツ川橋梁
タウシュベツ川橋梁は、北海道上士幌町の糠平湖にある旧国鉄士幌線のコンクリート製のアーチ橋です。音更川支流タウシュベツ川に架かる橋梁で、昭和12年(1937年)に十勝三股駅への延伸にともない建設されました。コンクリート製11連アーチ橋で、全長は130mです。

2026年5月撮影。北東側、タウシュベツ川右岸から。
昭和28年(1953年)に糠平ダム建設が開始されると、士幌線は新線が新たに糠平ダム右岸に敷設され(図1・2)、タウシュベツ川橋梁は昭和30年(1955年)に供用廃止となり、ダム湖に沈むこととなりました。
ダム湖のタウシュベツ川橋梁は、季節やダムの水位による水没、さらに冬期から春先には「凍結融解」を繰り返すことによってコンクリートの劣化が進み、平成15年(2003年)9月26日に発生した十勝沖地震以降、とくにここ10年崩落のペースは速まっています。ニュース記事を拾ってみると、2017年4月、2020年4月、2021年4月、2023年5月、2024年6月、2026年4月に崩壊があったようです。
地震もあるようですが、崩壊発生時期が4月ごろに集中していることから見て、凍結破砕作用による劣化を主因としていると思われます。
崩落の多くはY字の橋脚上部で、コンクリートの側壁が脱落して内部の裏込石が顔を出し落下しています。2021年と2026年の写真を見比べると5年の間の崩壊部分が分かります。
(写真12(A))の通り、コンクリートの側壁は思った以上に薄く鉄筋も不足しているように見えます。
連結した11連のアーチを見ることができるのも今だけかもしれません。

2026年5月撮影。南東側、タウシュベツ川河床から。

2026年5月撮影。南東側、タウシュベツ川左岸から。

2026年5月撮影。南東側、タウシュベツ川左岸から。タウシュベツ川左岸側は盛土方式。正面奥は日本二百名山のニペソツ山(2013m)。
先に書いたように、平成10年(1998年)に上士幌町は日本国有鉄道清算事業団から橋梁群などを取得していますが、昭和30年(1955年)に糠平ダム建設によって廃止されていたタウシュベツ川橋梁は、旧国鉄の管轄外となっていたためこれに含まれていません。
ダム湖を管理する電源開発株式会社も、タウシュベツ川橋梁は旧国鉄が残置したもので管理対象外との認識のようで、現在タウシュベツ川橋梁の所有者管理者はいません。
手続き上、上士幌町など行政が管理団体となることは不可能ではないと思うのですが。ただ、管理団体となったところで、年間のうち半年間も水没し、厳冬期はマイナス20℃にもなる状況で、現状の景観を維持したまま過酷な環境に耐えうる保存工事を施すことは素人目にも困難だと思います。自然の摂理のまま見守るしかないのかもしれません。
以前投稿した端島(軍艦島)(長崎県長崎市)の30号棟とタウシュベツ川橋梁は、崩壊の危機にある状況は似ているかもしれません。また、端島とタウシュベツ川橋梁は、季節や天候、行くにあたっては事前予約が必要であったり条件をクリアしなければならない点なども共通しています。

2026年5月撮影。タウシュベツ川左岸から。(A)盛土と橋脚の接続部、(B)盛土、(C)タウシュベツ川橋梁から南側、わずかに線路の痕跡が残る。

2026年5月撮影。南西側、タウシュベツ川左岸盛土から。

2026年5月撮影。南西側、タウシュベツ川左岸から。

2026年5月撮影。南西側、タウシュベツ川河床から。

2026年5月撮影。北西側、タウシュベツ川河床から。

2026年5月撮影。北西側、タウシュベツ川右岸から。
状況は、動画が一番分かりやすいと思います。
次回は、タウシュベツ川橋梁以外の士幌線のアーチ橋梁などを紹介します。
【参考資料】
・宮脇俊三『廃線跡懐想 北海道編』JTB 2002年
・今尾恵介『新鉄道廃線跡を歩く1 北海道・北東北編』JTB 2010年
・NPO法人ひがし大雪自然ガイドセンター『ひがし大雪アーチ橋散策地図』2017年
・ひがし大雪アーチ橋友の会Webサイト
(図2)路線(旧線)は、国土地理院の以下の地図と空中写真から作成しました。
・ニベソツ山 5万地形図 1949年測量発行
・糠平 5万地形図 1956年測量、1958年発行
・芽登温泉 5万地形図 1956年測量、1958年発行
・糠平 2.5万地形図 1974年測量、1975年発行
・芽登温泉 2.5万地形図 1974年測量、1975年発行
・1947年米軍撮影空中写真
・1948年米軍作成空中写真
2021年6月、2026年5月現地、2026年7月11日投稿。
