石垣の起源をさぐる
矢穴の編年 (1)
矢穴とは
近世城郭の石垣を見ていると、リンゴをかじった歯形のような凹みが並んでいることがあります。これが「矢穴」です。調べてみると、その起源は以外にも古く、ここ数年、下記の文献を参考にしつつ、おもに織豊期以前(安土城以前)の石垣(石造物)の矢穴を訪ね歩きました。
矢穴技法
「矢穴技法」とは、母岩から石材を切り(割り)出す技法のひとつです。
ノミを用いて石面に矢穴を掘り、矢穴に挿入した「矢」を玄翁(ゲンノウ/ハンマーの一種)で叩いて石材を切り(割り)出す技法です。
「矢」と「クサビ」は別物で、「クサビ」は先端部を使用しますが、「矢」は矢穴の底に衝撃を与えるのではなく、膨らみのある胴側面によって左右に加わった力で石材を裂く技法です。
「石の目」(節理)にそってミシン目のように矢穴を連続的に穿つことによって、石材を直線的に切り(割り)出すことができます。
矢穴の変遷
矢穴には、時代的な特徴があり、それは石垣や石造物の年代を知る手がかりになります。
森岡秀人・藤川祐作論文の要約です。ただし、写真については、東山殿(銀閣寺旧境内)以外、管理人の撮影です。
半島系タイプ
7世紀以降。
百済弥勤寺に7世紀前半の例。日本列島では未確認。
三角形(錐)で明確な矢穴底をもたない。
先Aタイプ
鎌倉時代、13世紀中頃以降。
中世石造物に共通する矢穴。矢穴口長辺8~13cm、深さ4~8cmほどで、断面形はu字状・舌状・舟底状。
このタイプは、次回以降に紹介します。
古Aタイプ
織豊系城郭以前の中世寺院・城郭系石垣の矢穴。矢穴口長辺9~16cm、深さ5~12cmほどで、断面形は矢穴底が丸みをもつ逆台形。
Aタイプ
江戸時代、慶長・元和・寛永期(1596~1644年)に広く普及した近世城郭石垣の矢穴。
規格的で、矢穴口長辺8~12cm、深さ6~10cm、7~8個/Mが一般的。
Bタイプ
深さが矢穴口長辺を凌ぐ胴長の矢穴。長辺7~10cmに対して深さ15~20cmほど。
事例は少数で、岡山県六口島の石切場や六甲山の近世採石場のごく一部。兵庫県高砂市の石造物に天保7年(1836年)銘。
Cタイプ
18世紀後半以降に急増、近現代まで。
小型で、矢穴口長辺6cm未満、深さ6cmほど。
Dタイプ
小割りに用いられた矢穴や削岩機によるものなど、近現代の矢穴。
2024年4月27日投稿